とあるボイスオーディションの話
公開
2023-02-17 01:22
ツイッターでもこそっと呟いていたのだが、実は先月辺りにとあるボイスオーディションに参加していて合格をもらっていたのだ。
なんのオーディションなのかと言うと「プロジェクト」のオーディションであり、事務所や養成所への所属を決定づけるものではない。企業が「こういった活動をするので乗ってくれる声優を募集します」というオーディションだ。
そしてこの活動に乗るには、「スタッフのサポートや外注先への注文にかかる費用」を合格者が支払う必要がある。



要するに、そういう商売だったのである。




数ヶ月前、私は腐りに腐っていた。
正社員を目指すために職業訓練校に通い、卒業して無事に就職したものの勤務の内容が気持ちに合わず、わずか一月で退職した。
自分のダメさ加減には気付いていたものの流石に今回の人としての終わりっぷりにショックを感じており、仕事の反動もあり最近まで全く仕事をしていなかったのだ。
その間はずっっっっとゲームしてるかYouTubeを見ているぐらいしかしていなかったのだが、動画の視聴中にある広告が目に入った。
それが今回語るプロジェクトの広告だった。

オーディションに合格した人物はスタッフのサポートを受けながらを様々な活動を行うことになる。
講師によるボイストレーニング。
プロデューサー陣との面談で人物像を掘り下げそれを元にキャラクターを作成、プロクリエイターに依頼しイラスト化。
ボイスサンプルの作成。
他の合格者とのボイスドラマ共演。
プロのスタイリストがメイクやセットをしての宣材写真撮影。
等がプロジェクト内で行う活動であるが、活動終了後も本プロジェクトを擁している企業のラジオ番組出演やYouTubeチャンネルの出演、ライブハウスの無料使用権の提供などの特典があり、なんか至れり尽くせりな感じだ。

当時究極に腐っていた私はこのプロジェクトに人生の転機を感じていた。
声を出すことはとても好きで、声を褒められたことが何度かあったためこういう活動は前からやってみたいと思っていた。
人間性がどん底まで落ちていた中、半分くらい自棄になって応募に踏み切ったのだった。

登録フォームにプロフィールを入力すると、間もなくプロジェクトのLINEアカウントから通知が届いた。
そして早速一次審査として、添付された台本の演技を行うこととなった。30秒程度のセリフがいくつかあり、その中で好きなものを選び演技を録音して提出するものだった。
オーディションなのだから当然あるだろうと思っていたが、こんな経験は初めてなため気恥ずかしさがありなかなか収録に踏み切れなかった。結局期限ギリギリになってから酒の力を借りて収録し提出したのだった。
やってみるとわかるが自分の普段の喋りを録音して聞くと「きもちわるっ」と感じるのだから、一丁前に演技したものを録音して聞いたら「キッッッッッショ」となる。
それがしんどいので酔いパワーでなんとかした。

大体一週間後ほど、なんと一次審査合格の通知が届いた。
半分自棄で応募したので受かったらウケるなくらいの気持ちでいたのが、急にフワフワとした感じになってしまった。
通知の内容も、提出された演技がとても上手だったと褒めまくるものだから、応募する前に夢想したことが現実味を帯びてきて正直浮ついていた。

そんなこんなでそのまた一週間後ほど、二次審査の面談のために事務所に向かっていた。
渋谷某所に構えられた事務所は小綺麗で、部屋の仕切りが全面ガラス張りだったりでまさに「最近のOffice」って感じだった。
簡単に書類を書いた後、担当となるディレクターさんと個室にて面談となった。
内容はあんまり覚えていないが、応募したキッカケや理由だったり、好きな作品や声優さんだったり、就きたい声関係の職種(アナウンサーとか)は何かとかを聞かれた。
身の上話などもしていたのだが、何を話しても褒めたり共感したりしてくれる。本当に1ミリも反対意見が出てこない。
そんなに私の話が面白いのかなぁと思っていたが、自分が合格した場合この人もサポートスタッフの一人となるようなので、そりゃこの時点でやる気なくすことは言わないかと納得することにした。
帰りの間際、応募が多いせいでオーディションの合格率が低いことや、ディレクターさんが担当した応募者がなかなか合格せず少し凹んでいることなんかを聞いたが、まぁ自分は半分自棄で応募してるので受からなかったらしょうがないなくらいに感じていた。

そしてその一週間くらい後、二次審査の合格通知が届き、晴れてこのプロジェクトに参加することが決定したのだった。
まさか本当にここまで来るとはと思いながら自分も案外捨てたものではないなと、海の底まで沈んでいた自尊心がじわじわと回復していっていた。

そしてこのプロジェクト参加のための契約手続きを行うために再度オフィスに足を運んだ。
改めて活動の内容を説明されたり、契約におけるルールを確認して契約書にサインをした。
こうして私は正式にこのプロジェクトに参加し、今後活動していくことになったのだった。




オフィスを後にして数分後、不安が押し寄せてきた。
契約書特有の物々しい文面や、契約に必要な金額を目の当たりにしたときから既に迷いが生まれていたのだが、この契約内容と金額は果たして釣り合っているのかと、オフィスを出て改めてそう感じたのだった。
その気になる金額だが、分割手数料を含めなんと120万ほどである。
月々2万の支払を60回、実に5年間の支払が発生する。

けして安くない金額が発生することは広告にも書いてあるし(よく見ればだけど)、面接時にも説明されているのでわかっていたのだがそこまで膨れ上がるとは思わず、流石に気持ちが大きく傾いたのだった。

そもそもこのプロジェクトの評判を事前に調べていたのだが、総じて良くなかった。
再度改めて調べてみたところ、プロジェクトを擁している企業が音楽系の実績をたいして残していなかったり、プロジェクト終了後の活動も保証が無い可能性があるなどの意見が見つかり、これが決め手となりクーリングオフをすることに決めた。




そして現在、クーリングオフの申請を受け付けたことをプロジェクトの担当者に連絡され、正式にこの一ヶ月くらいの話は無かったこととなった。連絡はとてもあっさりながら丁寧だった。
結局得られたものといえば少しの間の活力くらいのものとなったが、何かを失う前に目が覚めたので良かったのだろう。




この売り方についてだが、おそらく「合法」なのであろうことは理解できる。
が、消費者に対して明確に「不利」であることも同時に事実であると思う。
このプロジェクトを運営している人たちがどんな気持ちで運営しているのかは分からないが、ギリギリの商売をしているのはわかっているはず。そうでもなければ終始ここまで丁寧で、気分をよくさせる対応はしないはずだから。
まぁようするに夢をお売りするビジネスであって、ホストクラブとかと対して変わらないんだろうなと思う。
私自身は夢を買わないことを選んだからもういいんだけど、身内が手を出そうとしたら全力で止める。そんな商材を目の当たりにした話でした。
この件のお陰でちゃんと収入を得なきゃと思って、バイトではあるけど仕事は始めたので良い出来事で終わらせられたのかな。

そして日ナレの資料請求をしたりした。
言及