徒然いや草
公開
2022-11-23 13:03
バミキの真似をして少し文章をば、練。

コミケ前

少しパーマの取れた髪が、まぶたの周りをチクチクと刺激する。髪を切る、という行為は嫌いではない。贔屓にしている美容室の兄ちゃんとの陽気な映画やアニメの感想を言い合う話も嫌いではない。

ただ、来月のクレジットカード払いが少し増額すること。それを思うと少々気が重くなる。それだけ。

さて、目の前にはマグカップいっぱいのコーヒーと大量生産されたであろうチーズケーキがある。外に出かけるとだいたいこんなふうに散財してしまうのだが、これが「大人の証」として幸せに感じてしまうのだから仕方ない。

さて、その成果を味わおうと、フォークを手に取る。
陽気なタンゴのような音楽が流れる店内に、鋭い金属音が一度。キン。

私の不得手で食器とフォークをぶつけてしまった。幸い、私なぞには誰にも興味はない様子。一切れ切って口へ運ぶ。

ねっとりとした甘みが広がる。うん、これに380円の価値はないかもしれない。しかし、コーヒーと合わせれば、食えない物でもない。コーヒーを啜る。

大人…

私にとってそれは「お金が使えること」。好きに買って良い。好きに選んでよい。「選択肢がある」これが何より幸せであったと気づいた時には、人の幸せは現状満足よりも「他になにかできないかを探し続ける」ほうが幸せの探求になるかもしれない。そう思った。

なるほど、人類は滅ぶべきかもしれない。やけに達観した結論を求めるのは私の悪い癖だが、我ながら面白いと思う性質でもある。人類が滅ぶのは、やはり「幸せの探求」のためだし、人は自分の幸せのために人を殺す。少々論が飛躍した。つまりは、幸せの探求は、現状満足からは程遠いということが言いたかったのだ。

タバコの煙が見える。タバコの芯の熱のように、人々の幸せの探求の情も、目に見えづらいまま、地球を燃やすかもしれない。